はじめに
浴室掃除の際、避けて通れない「ドア下の通気口(ガラリ)」。
気づけばそこに溜まっている、石のように硬い「謎のカリカリ汚れ(水垢)」。
「マンションだし、白は清潔感があっていいな」なんて、のんきに思っていた。 今回は、YouTubeのプロ技を信じて戦った結果、塗装が削れて絶望した記録と、
そこから見えた「白い浴室ドアに疑問を持った理由」をぶちまけます。
ネットの「優しい掃除術」がいかに無力か
まず、ネットでよく見る「素材を傷めない掃除法」について。
- クエン酸パックで放置
- 重曹や水垢専用洗剤
- 傷つかないナイロンヘラ
これらを信じて時間を溶かした僕から言わせれば、これらはすべて「お遊び」です。
新築1年目の軽い汚れならいざ知らず、層を成して「地層」と化した
本気のカリカリ汚れに、化学反応やプラスチックの硬度は通用しません。
クエン酸スプレー。ラップでパックしようが、全く効果なし。

水垢用洗剤。水垢は溶かさないが、塗装は変色させる頼もしいヤツ。

ナイロンへら。水垢の硬度に負けて丸くなった。大きい方は細かい作業には向かない。
他の用途で活躍しているので無駄ではなかった。

YouTubeで辿り着いた「金属ヘラ」という最終回答
「もう、物理で殴るしかない」 そう決意して辿り着いたのは、YouTubeの
プロ清掃動画。そこで使われていたのは、プラスチックの甘えを捨てた
「金属ヘラ」でした。
これだ、これしかない。 僕は確信しました。この鋭さこそが、あの頑固な水垢を打ち砕く
唯一の聖剣だと。
金属ヘラとダイソーの栗ピーラー。両者の形状の違いを駆使して水垢と戦うのだ。

最近は水垢に特化した掃除ヘラもあるみたいです。
精密な作業と、露出した「銀色」
浴室ドアのガラリは驚くほど複雑な造形をしています。 細い隙間、入り組んだ段差……。
僕は金属ヘラを握り、外科手術のような精密さで、汚れを一点一点削り取っていきました。
ここでひとつ、断っておかなければならないことがあります。
世の中には、恐ろしく辛抱強い人や、神がかり的に手先が器用な人もいるでしょう。
そういう人なら、コンマ数ミリの加減で「塗装を一切傷つけず、汚れだけを削り落とす」
という神業が可能かもしれません。
ですが、僕には無理でした。
細心の注意を払って無心でカリカリを追い詰めていたその時、ふと気づいてしまったのです。
「……あ、銀色が見えてる。」
派手にベリッと剥がれたわけではありません。汚れが落ちたその影から、
本来見えてはいけない「アルミの地肌」が、ひょっこりと顔を出していたのです。
汚れを削っているつもりが、複雑な角を攻めるあまり、ドアの白い塗装まで
削り取っていた。その瞬間の絶望感といったらありません。
こんな感じで塗装が剥がれました。角になっている部分は特に剝がれやすい。

そもそも、この「白い塗装」の設計はどうなんだ?
ここでメーカーに問いたい。 なぜ、金属ヘラを使わなければ落ちない汚れが
必ず溜まる場所に、これほど脆い「塗装」を選んだのですか?
- 水垢が固着しやすい複雑な形状
- 金属の摩擦に耐えられない薄い塗膜
マンションの標準仕様だから仕方ないとはいえ、これはもはや
「メンテナンスを想定していない設計ミス」と言っても過言ではないはずです。
神業レベルの器用さを住人に要求しないでいただきたい。
タッチペン補修がループする「虚脱感」
露出した銀色を隠すため、自分でタッチアップペンを買ってきて補修しました。
ですが、塗りながら虚しさが込み上げます。
自分で塗った塗膜は、工場の焼き付け塗装よりも遥かに弱い。 つまり、
「次回の掃除で金属ヘラを当てた瞬間、このタッチペンごと、また銀色が露出する」
ことが確定しているのです。
- 汚れが溜まる(避けられない)
- 金属ヘラで削る(これしか落ちない)
- 塗装が削れて銀色が出る(物理の法則)
- タッチペンで隠す(一時しのぎ)
- 次回の掃除でまた削れる(虚無)
この不毛な無限ループ。掃除をしているのか、それとも塗装の練習をしているのか。
最初に試したダイソーのラッカースプレー。色は合うのだが、スプレーは
マスキングが面倒。しかも簡単に色が落ちてしまった。

結局この”らくらくペイント”に落ち着いた。色はホワイトアイボリー。
普通の白色は色が合わない。

キャップにハケが付いているので素直に使います。

ハイ、ばっちり塗りムラだらけ~

ティッシュペーパーをポンポンして馴染ませました。
綿棒を使った方がうまくいきます。2~3回重ね塗りするといいかも。

一応、目立たない程度には仕上がる。しばらくすれば、またカリカリの餌食になるが。

結論:100点を目指さない。白ドアとは「適度な距離」で付き合う
結局のところ、白い塗装の浴室ドアを選んだ(あるいは選ばざるを得なかった)
以上、完璧を求めてはいけないのかもしれません。
かつては「真っ白こそが正義」と信じ、金属ヘラを握って血眼で水垢を追い詰めていました。
ですが、その結果手に入れたのは、銀色の地肌が露出した無惨なドアと、
タッチペンを握りしめた虚しい休日だけでした。
今ではこう思うようにしています。 「あのカリカリは汚れではなく、もはやドアの
一部である」と。
金属ヘラを持ち出し、塗装を削る覚悟で挑むのは、数ヶ月に一度の「大祭」のようなもの。
それ以外の日は、たとえカリカリが目に付いても、薄目で見て見ぬふりをする。
あるいは「今日も元気に石灰化してるな」と成長を見守るくらいの心の余裕。
それが、この繊細すぎる白いドアと、精神の平穏を保ちながら添い遂げる唯一の秘訣。
清潔感の象徴だったはずの白。 その呪縛から解き放たれ、「60点の綺麗さ」
を許容できたとき、ようやく僕の長い浴室掃除戦争は終結したのです。


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